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あ 行
A = A> v. 1.0.

 ドイツ観念論では、「A = A」という定式がよく用いられます(この「=」は、ist と読んでいたのか、gleich なのか、どちらでもよかったのかは、浅学のために不明です)。この定式はたんなるトートロジーを意味するのではなく、ドイツ観念論の根本的な発想を表しています。すなわち、シェリングによれば:
 「『A = A』という命題は、なるほど同一律のように(identisch)見えるかもしれないが、一方の A が、他方の A に対置されているときには、総合的命題の意味をも持ちえるのである。したがって、A の代わりになにかの概念を置きかえると、この概念は同一性における根源的な二重性Duplizität)を示すことになろう。逆 [の二重性における同一性について] もまたしかりである。」(*1)

 さらにシェリングは、続けて次のように述べています:
 「このような概念は、同時に自らに対して対置してもいれば、また自らと等しくもあるような対象の概念なのである。そしてこのような対象は、同時に自らの原因でもあれば、自らの結果でもあるし、産出するものでもあれば産出物でもあり、主観でもあれば客観でもある。」


(*1) 『超越論的観念論の体系』(1800 年のオリジナル版、56ページ)

(初出:2016-4-14) 
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与えられている gegeben> v. 1.1.

 哲学関係の本を読んでいて、「~が与えられている」という表現に出会いますと、唐突な感じで、誰が与えたのか、などと考えてしまいます。しかし、これは gegeben の翻訳用語で、特定の与える人を想定するものではありません。マイモン(S. Maimon, 1753-1800)の説明を聞いてみましょう:
 「例えば、認識能力に対して、赤い色が『与えられている』・・・[と言われるのは] ・・・この認識能力自体は、赤い色を生み出せないためであり、受動的に振舞うほかはないためである」(*1)


(*1)マイモン『超越論的哲学についての試論』(Versuch über die Transzendentalphilosophie, 1790年)、Meiner社、Philosophische Bibliothek, 2004年, 13ページ。
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生きいきとした(活性的。活動的) lebendig> v. 1.0.

 ドイツ観念論では、lebendig (生きいきとした)という用語が、よく使われます。むろんこの語も、生きている動・植物のあり方を表象的に模したものとして理解すべきではなく、思想的規定性にそって受けとるべきです。つまり、運動の原理を自分のうちに持っているものが、lebendig といわれます。シェリングによれば――
 「諸表象の継起のうちで、精神は自分自身を活動的tätigなものとして直観するが、この諸表象の継起は、内的な活動の原理によって営まれている。したがって、精神が自分自身を活動的なものとして、諸表象の継起のうちで直観するというのであれば、精神は自分を 1 つの対象として、直観するはずであり、この対象は自分自身のうちに運動の内的原理を持つことになる。そのような存在は、活性的といわれる。」(*1)


(*1)シェリング『知識学の観念論を解セツするための論文集』(1796/97)(SW, Bd. I, S. 388)

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か 行
概念 Begriff> v. 1.0.

I. 語 義
II. ヘーゲルにおける「概念」
 (1) 「概念」を成立させる前提
 (2) 「概念」の特徴
III. シェリングからの批判
注 記


I. 語 義    

 概念とは、「事物についての、思考による抽象的・普遍的な規定性」だと、まずは考えていいでしょう。例えば、年老いた我が家のポチ、隣家のコリーのジョン、さすらいの雑種ノラ――これらはみな、「犬」という概念のうちにあります。

 Begriff という語は、中高ドイツ語の begrif に由来し、begrif は、Bezirk (区域。領域)、Umfang (範囲)の意味です(DUDEN 独独辞典、第 6 版)。

 語源はともかく、Begriff (概念)の意味は辞書によると、
(1) 「事物の持つ精神的(知的)、抽象的な内容。思想的統一のうちでの本質的な諸特徴の全体」(DUDEN 独独辞典、第 6 版)、
(2) 広辞苑(第 6 版)では「事物の本質をとらえる思考の形式。事物の本質的な特徴とそれらの連関が概念の内容(内包)。」

 (1) と (2) の概念の説明では、すこし違いがあるようです。(1) では概念は事物に、(2) では概念は思考に属するようです。しかし、ヘーゲルでは概念は双方に共通に属しますので、このような違いを最初から気にする必要はありません。


II. ヘーゲルにおける「概念」

 「真理は概念においてのみ、存在するための本来的な活動領域(Element)をもっている」(*1)といわれ、概念という用語は、ヘーゲルにおいて特に重要な意味をもちます。

 (1) 「概念」を成立させている前提

 まず、このような概念観を説明する前に、ヘーゲルが前提にしている発想を、見ておいた方がいいでしょう。一言でいえば、<真理=精神=思考=規定性=概念=言葉>という発想です。つまり、以下のように言われています:

・「[人間の有する] 精神の偉大さと力については、大きく考えすぎてしまうということはない。宇宙の閉ざされた本質は、認識しようという勇気に抵抗しえる力をもってはいないのである」(*2)と、へーゲルは確言します。

・こうした不可知論の影のない人間精神おいて、「感情(Gefühl)としての精神は、非対象的な内容そのものであって・・・意識のもっとも低い段階にすぎない。それは動物とも共通な魂の形式のうちにある。思考が、動物にも与えられている魂を精神とするのである」(*3)と、彼は理知的方向に舵をとります。

・むろん感情などが無視されるのではありませんが、「対象、でき事、感情、直観、意見、表象などにおける真なるものを経験するには、思索(Nachdenken)が必要なのである」(*4)。このような「思考の産物、すなわち思想の規定性ないし形式は、普遍的なもの・抽象的なもの一般である。」(*5)

・ところで、「言葉は思想の所産(Werke) なのだから、言葉のなかでは普遍的でないものは言われえない」。しかしこの事は欠陥ではなくて、「言われえないもの、感情、感覚は、…大変すぐれた真実なものなのではなく、つまらないもの、真実ではないものである」(*6)。普遍的に言語化されないものは、ヘーゲル哲学にあっては価値をもたないとされます。

・「概念が存在するときには、概念はまた正しい言葉をも持つであろう」(*7)ということで、へーゲルには真理と言葉の本質的な乖離という観念はありません。結局、言葉が概念の具体的な定在形態のようです。

 (2) 「概念」の特徴

[工事中]

(なお、たんに帰納法で概念がえられはしないことは、こちらを参照)

・そこで私たちの観点からすれば、ヘーゲルの言う概念の自己矛盾による発展は――例えば、「思考や普遍的なものは、それ自身であるが、また自身の他者でもある」(*8)――、言語の諸性質を利用したものです。例えば、個別の言葉(パロール)はそれ自体が存在根拠をもつのではなく、言語全体(ラングの体系)から規定されるということ、また言語はメタ言語を生みだすということ等々です。
 といっても、ヘーゲルがトリッキィに言語の性質を操って、自己の哲学を構築したというのではありません(なるほど、『精神の現象学』の「感覚的確信」の場面などはそうにしても)。そもそもなぜ言語がそのような諸性質をもつのかといえば、世界そのものがそうした性質をもつからに他なりません。したがって、世界の諸性質・論理を表現し展開するのに、言語の諸性質・論理にあやかること自体は、非難されるべきではありません。


III. シェリングからの批判

 ヘーゲルは最初の著書『精神の現象学』(1807 年)において、知的直観とは対立する概念なるものを宣揚したのでしたが、同書の序文を読んだ シェリングから批判が寄せられました:
 「君 [ヘーゲル] は概念を直観に対置させているが、その意味が今もってぼくには理解できない。概念ということで君が考えられるのは、君とぼくが理念と名づけたもの、それしかないはずだ。この理念の性質(Natur)は、理念がある面では概念であり、別の面では直観であるということだ。」(*9)

 このシェリングの批判に、ヘーゲルは他に重大な理由があったため、反論の手紙を書きませんでした。また、後世の哲学史家やヘーゲリアンは、なぜかあっさりとシェリングを敗者、ヘーゲルを勝者と見なすため、この批判には触れようとしません。しかし、私見ではこれは正論だと思うのですが・・・


 注 記

(*1) 『精神の現象学』(1807 年)の「序文(Vorrede)」(『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, III, S. 15)
(*2) Konzept der Rede beim Antritt des philosophischen Lehramtes an der Universität Berlin, 22. Okt. 1818. (『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, X, S. 404))
(*3) 『エンチクロペディー』の第 2 版への序文(1827 年)(『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, VIII, S. 24f
(*4) 『エンチクロペディー』(第 3 版。1830 年)§5(『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, VIII, S. 46)
(*5) 『エンチクロペディー』§20(『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, VIII, S. 71)
(*6) 『エンチクロペディー』§20(『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, VIII, S. 74)
(*7) 『精神の現象学』(『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, III, S. 248)
(*8) 『エンチクロペディー』§20(『ズーアカンプ版ヘーゲル著作集』, VIII, S. 74)
(*9) シェリングの 1807-11-3 付ヘーゲル宛手紙。(F. W. J. Schelling. Briefe und Dokumente, Bd. III, hrsg. von H. Fuhrmans, 1975, S. 471.
 なおこの手紙は、Briefe von und an Hegel, Bd. I, hrsg. J. Hoffmeister, Dritte Auflage 1969 では、11 月 2 日付になっています。
(*6)


学問 Wissenschaft> v. 1.6.

 フィヒテが 1794年に彼の「知識学」(Wissenschaftslehre、そのまま訳せば<学問論>)を携えて登場する頃には、哲学は学問でなければならぬということが、若き哲学徒たちの間では、いわば常識となっていました。ここでの「学問」の語義的なイメージは、例えばユークリッド幾何学のように自明な原理(公理)から諸定理を導出するような知識構成体でしょう。(こうした風潮の始まりは、おそらくラインホルトの「厳密な学問としての哲学」という主張だったと思われます)(*7)
 フィヒテもこの流れに掉さします。同年5月の彼の著書の題名『知識学 [=学問論] の概念、すなわちいわゆる哲学の概念について』が示すとおりです。この著書の第1章・第1節・冒頭で、フィヒテは武断的にも、「哲学は一つの学問である――このことについては、すべての哲学文献が一致している」と断言します(*5)。より詳しくは、哲学とは諸学問についての学問、学問一般についての学問です(*6)
 
 シェリングも(そしてヘーゲルも)この風潮に同調します。1794年9月出版の著作『哲学一般の形式の可能性について』で、シェリングは次のように主張します:

 「哲学は学問の一つである。すなわち哲学は、ある一つの規定された形式のもとに、一つの規定された内容を持っている」。(*1)
 「明らかなことは、哲学の内容が形式を、あるいは形式が内容を、必然的にもたらすのであれば、理念においては、ただ一つの哲学が存在しえるだけである・・・」(*2)

 「学問なるものは――その内容がいかようであれ――一つの全体であって、統一的な形式をもっている。これが可能であるのは、ただ、
・学問のすべての部分が一つの条件に服しており、
・各部分は、前記の一つの条件に規定されていることにおいて他の部分を規定する――
この限りにおいてである。
 「学問の部分は命題と言われるが、そこで前記の条件は原理 [Grundsatz, 逐語訳すれば「根本命題」] である。したがって学問は、一つの原理によってのみ可能となる」。(*3)

 なお、学問の形式は体系的だと、シェリングが1794年には考えていたことは、「この規定された形式(体系的)」という語句からうかがえます(*4)。(「体系」については、その項目を参照してください。)

 ただシェリングは、絶対的なもの(最高の真理)を把握する思弁は、概念的な積み重ねにはよらないとも考えており、ヘーゲルとは対照をなしています。例えば:
 フィヒテが英知界をも統合した最高の綜合を考えだしたことに対して、「こうした事のすべては――これを私 [シェリング] は、貴方 [フィヒテ] がたんに哲学することから、真の思弁へと近づいたしるしと見ています――、私たちがついにはある地点で出会えるのではないかという希望や喜びを、私に与えてくれます。この地点は、貴方のこれまでの方法では、大かれ少なかれ必然的に見えていなかったものですし、また、下方から段階的に登って行けるものでもなく、ただ一挙に絶対的な仕方でのみ、把握することができるのです。」(1801 年 10 月 3 日付のフィヒテへの手紙。『アカデミー版フィヒテ全集 III, 5』 では 83 ページ。Fichtes und Schellings Philosophischer Briefwechsel, 1856, S. 98.)


(*1) 『哲学一般の形式の可能性について』(Über die Möglichkeit einer Form der Philosophie überhaupt, 1794年)、オリジナル版全集、第1巻、89ページ。
 (よく利用される Beck 社のシュレーター版現行本には、オリジナル版全集の巻数とページ数が、併記されています)。
(*2) 同版、同巻、90ページ。
(*3) 同版、同巻、同ページ。
(*4) 同版、同巻、89ページ。
(*5) 『知識学の概念、すなわちいわゆる哲学の概念について』, SW, Bd. I, S. 38.
(*6) 同書, SW, Bd. I, S. 44-45.
(*7) 例えば、シェリングは次のように述べています:
 「ラインホルトが、哲学の学問的な基礎づけを自分の目標にして以来・・・」。(『超越論的観念論の体系』、1800 年のオリジナル版、53 ページ。


観念論 Idealismus> v. 2.4.

(1) もとの意味と、一般的な理解
(2) カントの場合
   超越論的観念論(der transzendentale Idealismus
   経験的観念論(der empirische Idealismus
   形式的観念論(der formale Idealismus
   実質的観念論(der materiale Idealismus
   ふつうの観念論(der gemeine Idealismus
   蓋然的観念論(der problematische Idealismus, 懐疑的観念論
   独断的観念論(der dogmatische Idealismus
   心理学的観念論(der psychologische Idealismus
(3) フィヒテの場合
   観念論(der Idealismus
   超越論的観念論(der transzendentale Idealismus
   批判的観念論(der kritische Idealismus
   超越的観念論(der transzendente Idealismus
(4) シェリングの場合
   絶対的観念論(der absolute Idealismus
   主観的観念論(der subjektive Idealismus
   客観的観念論(der objektive Idealismus
(5) ヘーゲルの場合
   絶対的観念論(der absolute Idealismus


(1) もとの意味と、一般的な理解

 観念論(独:Idealismus, 英: idealism)とは、もともとは世界の認識しかたに対する考えで、実在論(独:Realismus)と対立関係にありました。つまり、客観的に存在しているものを私たちは実際に認識できるのかどうか、という問題で、認識できるというのが実在論です。いや、認識しえるのは、存在しているもののたんなる観念(像、イメージ)(*12)だけであるというのが、観念論です。
 他方、世界の存在をめぐっての対立もありました。世界を根本において成り立たせているものは、精神的なものだとするのが唯心論(Spiritualismus)で、物質だとするのが唯物論(Materialismus)です。
 (ちなみに、「観念論 対 唯物論」という対立概念は、時代が下ってマルクス主義が広めたもので、このサイトでは扱いません。)
 ところがやがて、前者の認識論上の対立と、後者の存在論上の対立が混同されたり、あるいは独自の解釈がなされたりします。それにともなって、観念論の意味もはっきりしなくなりました。ただ常識的には、観念論とは「客観的な物質的存在を否定し、あるいは無視して、それに替えるに主観的に思考されたものを、真の存在だとする思想」だと、漠然と理解されていたようです。


(2) カントの場合

 カントは、観念論一般の意味については、前記の常識にそって受けとめていたようです。それをうかがうことができる箇所は、『純粋理性批判』で「観念性の誤謬推理(Paralogismus)」として挙げられている文章の一部です:
 「・・・ゆえに、外的感覚の対象すべての存在は、疑わしい。この不確かさを、私は外的現象の観念性(Idealität)と名付ける。そしてこの観念性についての学説は、観念論と呼ばれる。」(*5)

 カントは自身の哲学を超越論的観念論der transzendentale Idealismus(*6)と呼びましたが、それとの対比でさまざまな観念論を命名・分類し、説明しました。これらは、哲学的に重要なものではありません。が、かの『純粋理性批判』に書かれているため、この分類や説明を念頭に置いて、観念論を議論する人もまた多いのです。ここに紹介するゆえんです。
 なお、『純粋理性批判』のA版(初版。1781年)とB版(第2版。1787年)とでは名称に少し相違があります。

 (i) A版での分類
 「2つの観念論が、必ず区別されねばならない。超越論的観念論と経験的観念論である」。(*3)

 ● 超越論的観念論→「超越論的観念論」の「カントの用法」

 ● 経験的観念論der empirische Idealismus):
 「この観念論は・・・空間内の延長物の存在を否定するか、あるいは少なくとも疑わしいものだとする。またこの観念論は、夢と実際の事柄(Wahrheit)との間に、現実に存在するかどうかに関して、十分に示すことのできるような区別を認めはしない。時間 [経過] のうちに内的に感覚する現象については、これらの現象は現実の物だと、この観念論はかんたんに見なしてしまう。」(*4)

 (ii) B版での分類
 ● 形式的観念論der formale Idealismus)
  超越論的観念論と同じですが、なぜ「形式的」と改めて呼ぶのかといえば、それは超越論的観念論を、「外部の事物そのものの存在を疑ったり否定したりする実質的観念論から、すなわち普通の観念論から、区別するためである」。(*1)

 ● 実質的観念論der materiale Idealismus)すなわち、
   ふつうの観念論der gemeine Idealismus):
 前述の形式的観念論の項目にあるように、「外部の事物そのものの存在を疑ったり否定したりする観念論」ですので、前述したA版での経験的観念論と同じだと思われます。より詳しい説明によると(*2)
 「実質的観念論とは、私たちの外部の空間内の物の存在は、ただ、疑わしいとか、証明できないと表明するような理論であり、あるいはさらに虚偽である、不可能であると表明するような理論」です。

 さらにこの観念論は2つに分かれます。前者の「疑わしいとか、証明できないと表明する」ものは、デカルト(Descartes)が唱えた
    蓋然的観念論der problematische Idealismus, 懐疑的観念論の訳もあります)です:
 この観念論は、ただ1つの経験的主張だけは――すなわち、「我あり」――疑いえないと言います。(しかし、我以外の物の存在は蓋然的であると見なすので、蓋然的と呼ばれるのでしょう)。
 後者の「虚偽である、不可能であると表明する」ものは、バークリー(George Berkekey)が唱えた
    独断的観念論der dogmatische Idealismus)です:
 この観念論は、空間を(その中のすべての物と共に)それ自体としては存在することが不可能なものであると、主張します。したがって、空間中の物は [実在するように見えても] 実は単なる幻想だということになります。

 ● 心理学的観念論der psychologische Idealismus):
 実質的観念論と(したがって、経験的観念論とも)同じだと思われます。といいますのは、この用語は、『純粋理性批判』では、説明ぬきで1回しか出てきていないため、意味するところがハッキリしないのですが、その箇所では(*7)次のように述べられているためです:
 「証明し方についてだけではあるが、ほんとうに増補だと言えるのは、275 ページ(*8)での心理学的観念論への新たな反駁と、外的直観が客観的実在性をもつことについての厳密な・・・証明だけであろう」。そしてこの 275 ページは、実質的観念論への反駁の箇所なのです。


(3) フィヒテの場合

 a) 観念論一般について
 フィヒテは、観念論を独断論(Dogmatismus)と対比して説明しています:
 「経験においては、『物』と――この物は、私たちの自由の圏外で規定されており、私たちの認識はこのこの物に従わねばならない――、認識を行うべき『知性』ととは、分かちがたく結合している。哲学者はこれら2つのうちの一方を、捨象することができる・・・
 「哲学者が経験の根拠を説明するとき、物を捨象すれば、知性自体を残すことになる。つまり、知性の経験への関係は捨象される。彼が知性を捨象すれば、物自体を残すことになる。つまり、物が経験のうちで現れるということは、知性は捨象される。最初のような仕方が観念論であり、後の仕方が独断論である」(『知識学への第一序論』、岩波文庫『全知識学の基礎 上巻』所収では、32 ページ。SW, Bd. I, S. 425f.)。

 こうした通念的観念論などに対して、彼の知識学がより根本的であることを、以下のように述べています:
 「いったい知識学は、知を主観的なものとみるのか、あるいは客観的なものとみるのかといった問や、知識学は観念論なのか実在論なのかといった問は、意味をなしません。
 「というのも、こうした区別は、知識学の内部ではじめてされるのであって、その外部やそれ以前にではないからです。またこれらの区別は、知識学なしには理解できないのです」。(1801 年 5 月 31 日-8 月 7 日付のシェリング宛の手紙。『フィヒテとシェリングの、哲学的往復書簡集』、1856年 版、83 - 84 ページ)

 b) フィヒテによる分類
 フィヒテ自身の立場は、超越論的(transzendental)観念論であって(先験的観念論とも訳されます)であって、批判的観念論の一種です。しかし、超越的(transzendent)観念論とは異なります。

 ● 批判的観念論der kritische Idealismus):
  すこし引用が長くなりますが:

 「観念論は意識のもつ諸規定を・・・知性(Intelligenz)の働きから説明する。・・・この知性の働きから、規定された諸表象が導出されねばならない。すなわちそこから、世界の表象が、私たちに関係なく(ohne unser Zutun)存在し、物質的で、空間のうちにある等々の世界の表象が、また私たちの意識に現れるおなじみの世界の表象が、導出されねばならないのである。
 「しかし、無規定なものから規定されたものが、導出されることはありえない。・・・したがって、根拠として置かれている知性の働きが、規定された働きであるほかはないであろう。しかもこの働きは、知性自身が最高の説明根拠であってみれば、知性自身とその本質によって、知性外の何かによってではなく、規定された働きでなければならない。・・・
 「この [知性自身の本質にそった] 必然的な働き方を・・・働き方の諸法則と名づける。知性の必然的な諸法則についての、このような唯一理性的で・・・実際に説明能力のある前提 [=上記の説明] を、観念論が認めるとき、この観念論は批判的観念論である。ないしは超越論的観念論である」。(*9)

 さらに、この批判的観念論は2つに別れ、そのうちの一つがフィヒテ自身の立場です:
 「・・・今や批判的観念論そのものに、2つの働き方があることとなる。[フィヒテの立場である] 一方は、必然的な活動の仕方の体系を、またこの体系と共にこの体系から同時に生じる諸表象を、知性の根本的な諸法則から実際に導出する働き方である。そして読者や聴衆の眼前で、表象の全範囲をしだいに生じさせていくような働き方である。
 「[カントなどの立場であるところの] 他方では、批判的観念論は、知性の根本的な諸法則を、例えば、それらがすでに直接諸対象に適用されているがままに取ってきて――だから、根本的諸法則をそれらの [存する] 最下層のどこかから取ってきて(根本的諸法則はこの最下層にあるとき、カテゴリーと呼ばれる)――、そして主張するのである:根本的諸法則によって、諸対象は規定され、秩序づけられた、と。」(*10)

 ● 超越的観念論der transzendente Idealismus):
 超越的観念論は、フィヒテが排斥する観念論です。すこし引用が長くなりますが:
 「観念論は意識のもつ諸規定を・・・知性(Intelligenz)の働きから説明する。・・・この知性の働きから、規定された諸表象が導出されねばならない。すなわちそこから、世界の表象が、私たちに関係なく(ohne unser Zutun)存在し、物質的で、空間のうちにある等々の世界の表象が、また私たちの意識に現れるおなじみの世界の表象が、導出されねばならないのである。
 「しかし、無規定なものから規定されたものが、導出されることはありえない。・・・したがって、根拠として置かれている知性の働きが、規定された働きであるほかはないであろう。しかもこの働きは、知性自身が最高の説明根拠であってみれば、知性自身とその本質によって、知性外の何かによってではなく、規定された働きでなければならない。・・・
 「この [知性自身の本質にそった] 必然的な働き方を・・・働き方の諸法則と名づける。・・・超越的観念論とは、知性の自由でまったく無法則的な働きから、規定された表象を導出する、というような体系であろう。このように考えることは、まったく矛盾したことを前提にすることである・・・」。(*11)


(4) シェリングの場合

 シェリングも最初から真の哲学はただ一つだと考えていましたが、まずそれを 2 つの側面から叙述しようとしました。すなわち、彼の自然哲学と超越論的哲学ですが、この彼の超越論的哲学超越論的観念論とも)や、フィヒテの知識学(フィヒテの超越論的観念論)を、シェリングは簡単に「観念論」と呼ぶことがあります。その例としては:
 「私は数年前から 1 つの同じ哲学を・・・2 つのまったく異なる側面から、自然哲学と超越論的哲学として、叙述しようと試みてきた・・・」
 「自然哲学と観念論の私の叙述を・・・」(*18)

 そして、シェリングの哲学が一応の完成をみた同一哲学期には、彼は自らの哲学を「絶対的観念論」と称しています:
 「そこで私たちが哲学全般を、次の事柄にしたがって――すなわち、
[1] 哲学はすべてのものを直観し、記述するということ、
[2] 絶対的な認識活動(自然も、たんにまたその一つの側面である)だということ、
[3] 全理念の理念であること――、
規定するならば、哲学とは観念論である。すべての哲学は観念論であって、観念論にとどまる。ただしこの観念論は自らのうちに、また実在論と観念論を含んでいる。だから前者の絶対的観念論を、後者のたんに相対的な観念論ととり違えてはいけない。」(『自然哲学についての考察』の「序文への付記」(1803 年))(*13)
 (上記引用文で、「実在論」とは彼の自然哲学を、「後者のたんに相対的な観念論」は彼の超越論的観念論を意味します。)

  なお、通念的な観念論や実在論などに対しては、シェリングは以下のように述べます:
 「この [私の哲学] 体系のために名前を見出すことは、根本的に難しいことでした。といいますのは、この体系の中では以前のすべての体系間の対立が、解消されていたからです。この私の体系は、唯物論とも唯心論とも、また実在論とも観念論とも名付けられませんでした」(*19)

 しかし、後世の人々は、「主観的観念論」の用語でもってフィヒテ哲学を、「客観的観念論」でシェリング哲学、「絶対的観念論」でヘーゲル哲学を指すようになりました。このことの当否はさておき、前 2 者の呼称についてはシェリングにも責任があるといいますか、最初にそう呼んだのは彼自身だったと思われます:
 「例えばフィヒテは、観念論をまったく主観的な意味において考え、それに対して私 [シェリング] は、客観的な意味において考えたということもありえよう。」(『私の哲学体系の叙述』(1801 年)の序文)(*14)
 しかし、ここで注意すべきは、上記引用文で「主観的」あるいは「客観的」と書かれているにしても、それらは近代的な三項図式での、あるいはカント哲学的な「主観」「客観」ではないということです。フィヒテの自我もシェリングの自然も、「主観=客観」すなわち主観と客観の統一態です。
 このことは、シェリングも、十分承知していたことで、いやむしろ言わでもがなの当りまえのことでした。たんに自らの哲学とフィヒテ哲学を区別するために、「主観的」「客観的」という語を用いたわけです。

 ではなぜフィヒテ哲学が、主観的な趣を呈するようになったのか、シェリングの表現では「反省の立場」(*15)となったのかということですが――
 フィヒテの超越論的な自我(つまり、措定する方の自我)は物自体などではない以上、たとえ厳密な定義は無理でも、きちんと読者に向けて説明されなくてはなりません。ところがこの自我は現象して定在するものではない(超越論的)のですから、説明は非常に困難です。フィヒテとしては、定在し、誰もが理解できる個人の意識・個人的自我を例に出して、そこから話を始める以外に方途はありませんでした。そこで、フィヒテ哲学は主観的色彩を帯びてきたのでした。
 一方、シェリングは、例えば『私の哲学体系の叙述』では、冒頭の第 1 節で絶対的理性を登場させ、これは「主観的なものと客観的なものとのまったくの無差別」だと宣言します(*16)。この絶対的なものである絶対的理性が、存在することの確実性は、彼や読者の知的直観によって保障されるのでしょう。しかしフィヒテに言わせれば、前記のような宣言やシェリングの体系は、フィヒテの知識学を前提にしなければできません(*17)
 いずれが正しいのかは問わないにしても、ここに――シェリングの絶対的なものは、十全に説明されていないという点に――、シェリング哲学の欠点ではないにせよ、問題点があるとまでは言えるでしょう。それをある意味で解決したのが、ヘーゲルでした。


(5) ヘーゲルの場合

 彼は、現象し定在するものの総体を、絶対的なものとしたのでした。しかも、定在するものは自己矛盾のゆえに、次のものを生むと同時に破棄されます。そして、それらを成立させていた観念的契機(概念)のみが、次のものへと引き継がれます。結局、定在すべては生みだされては破棄され、残る観念的諸契機の総体が、しかもそれらの統一体が、絶対的なものだというわけです。
 ここにおいて、絶対的なものの説明は果たされ、この意味でヘーゲルをドイツ観念論の完成者、彼の哲学を絶対的観念論と呼ぶのも一理あります。(むろん、フィヒテやシェリングにも言い分はあります。)

[工事中]

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(*1) カント『純粋理性批判』 B 版、519 ページの注。A版にはなし。
(*2) 以下、独断的観念論の説明までは、『純粋理性批判』 B 版、274 ページ。A版にはなし。
 この箇所は、「観念論への反駁(はんばく)」と題されていて、これら観念論に対するカントの反論も記されています。
(*3) カント『純粋理性批判』 A版 369 ページ。B 版にはなし。
(*4) カント『純粋理性批判』 A版 491 ページ。B 版 519 ページ。
(*5) カント『純粋理性批判』 A版 367 ページ。B 版にはなし。
(*6) カントは観念論を Idealism と綴っていますが、現代表記に合わせて Idealismus とします。
(*7) カント『純粋理性批判』、「第2版への序文」の注。 B版 XXXIX ページ。当然ながら、A 版にはなし。
(*8) B版のページ数です。なお、よく読まれている Meiner 社の哲学文庫版(37a)では、S. 273 と印刷されていますが、これは、平凡社ライブラリー『純粋理性批判 上』で指摘されているように、275 の誤植です。各種邦訳でも、275 と訳出されています。
(*9) 「知識学への第一序論」、岩波文庫『全知識学の基礎 上巻』所収では、53-54 ページ。SW, Bd. I, S. 440f.
(*10) 「知識学への第一序論」、岩波文庫『全知識学の基礎 上巻』所収では、55 ページ。SW, Bd. I, S. 442.
(*11) 「知識学への第一序論」、岩波文庫『全知識学の基礎 上巻』所収では、53-54 ページ。SW, Bd. I, S. 440f.)
(*12) 近代的・常識的な観念の説明を、ヘーゲルがうまくしています:
 「観念的なものということでは、とりわけ表象の形態が考えられる。私の表象一般のうちに、すなわち、概念、理念、想像などのうちに存在するものは、「観念的」と称されている。そこで、総じて観念的なものは、想像物だとも見なされる――つまり、実在的なものから区別されるだけでなく、本質的に実在的ではないとされている、想像物なのである」。(『(大)論理学』、ズーアカンプ版ヘーゲル著作集、第 5 巻,172-173 ページ)
(*13) Schellings Werke, herausgegeben von Manfred Schröter. Bd. 1, S. 717.
(*14) Schellings Werke, herausgegeben von Manfred Schröter. Bd. 4, S. 109. なおオンライン上では、このサイトで "Fichte z. B. " で検索して下さい。)
(*15) Schellings Werke, herausgegeben von Manfred Schröter. Bd. 4, S. 109.
(*16) Schellings Werke, herausgegeben von Manfred Schröter. Bd. 4, S. 114.
(*17) 「私 [フィヒテ] の思うところでは、また証明もできると思っているのですが、貴方 [シェリング] の体系はそれ自体としては(知識学による暗黙の説明無しでは)明証性をもちませんし、得ることもまったくできないのです。まさに貴方の最初の命題が、この事を示しています。」(フィヒテの 1801-5-31 付シェリング宛の手紙。『アカデミー版フィヒテ全集 III,5』, S. 45)
(*18) 『私の哲学体系の叙述』(1801 年)の序文。(Schellings Werke, herausgegeben von Manfred Schröter. Bd. 4, S. 107, 110. なおオンライン上では、このサイトで "Nachdem ich seit" と "meine Darstellungen der" で検索して下さい。)
(*19) 『近世哲学史講義』(Schellings Werke, herausgegeben von Manfred Schröter. Bd. 10, S. 107)

(*20)

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共同主観性 Intersubjektivität>(間主観性、相互主観性ともいう。 英語:intersubjectivity) v. 3.7.

● 語義と経緯
● 共同主観性の諸特徴
 1) 共同主観性の成立の仕方
 2) 世界全体としての共同主観性
 3) 共同主観性と事的世界


語義と経緯
 共同主観性とは、「特定の主観(特定の個人)においてのみ、ある事態が知覚されたり、意味をもったりするのではなく、複数の主観(ある集団の成員たち)で共通に、その事態の知覚や意味が成立すること」です。また、そのような主観のあり方を指します。
 Inter(共同)とは「~の間の、相互に」という意味で、international(国際的)の inter などと同じ用法です。Subjektivität(主観性)とは、近代的人間の意識のあり方を表しており、能動性・能知性が含意されています。この用語は、認識論的な場面では「主観性」、より広く実践的な場面も含めるときには、「主体性」と訳される場合が多いようです。 
 共同主観性の用語は、もともとフッサール(E. Husserl, 1859-1938)が使ったものですが、日本では廣松渉(1933-1994)が近代的自我を超克するものとして提示したことによって、有名になりました(*1)。また私たちが問題とするのも、廣松の意味においてですので(*13)、以下は彼の共同主観性についての説明になります。


共同主観性の諸特徴
 1) 共同主観性の成立の仕方
 廣松(=マルクス主義)は、人間の意識は社会的協働の産物だと考えます。つまり、個々人の意識内容や意識の発現の仕方は、彼らが属する社会によってもともと同形化・共通化されているのです。
 そのようなものとして捉えられた人間の意識を表すのが、「共同主観性」です。簡単にいえば、デカルト的(近代的)「我思う」ではなく、「我々が思う」ものとしての意識が、共同主観性です。

 まず、誤解を防ぐために、確認しておけば――
 「我々は思う」といっても、これは何も、「私たちは同じことを考える」とか、「私たちの意見は一致する」ということではありません。むしろ多くの場合、個人的な場でも社会的な場でも、事態はその逆です。
 例えば、社員は賃上げを要求し、会社側はそれに反対するという具合です。しかし両者とも「賃金(金銭)は、社員の労働の対価である」とか、「金銭は商品 との交換物である」という<あたりまえ>なことでは一致しており、このような賃金が重要であるために、争っているわけです。ある時代にある社会全体に成立している、 この<あたりまえ>の一致、これが「共同主観性」です。
 (ちなみに、古代の奴隷に、労働の対価という観念はなかったでしょう。彼らにとっては、まじめに働くことが己の本分であり、怠けることは罪でした。むろん、ルーティーンワークを超えてした分への、「褒美」の要求はあったと思いますが)。
 また、ふつう「私自身の思い」とされている事態が、共同主観性においては消滅するということは、ありません。このような事態は、共同主観性の契機とし て、さまざまな場面で存在します。そして各人の役割行動(role-taking)との関連において、把握されることになると思われます。例えば:
・「学生 [という役割] としての」私は、
・「男性としての」私は、
「(いわゆる)個人としての」私は、
あるいは、
・「労働者ならびに主婦としての」私は、
・「母親ならびに(いわゆる)人格主体ならびに・・・としての」私は、等々
――こう思う、というわけです。
 また、「いわゆる実存的な特個性なるものは『関係規定』の結節のユニークネス・・・に定位してはじめて規定できる」ことになります(*2)。すなわち、「『ダス・マン』としての在り方はもとより、『実存』としての在り方ですらすでに扮技の一形態にほかなりません」(*3)

 さて、たとえば目の前の一万円札を、私たちは大切なお金として知覚します。そして、子供がその一万円札を粗末に扱っていれば、注意もします。子供はその注意や、また実際にこづかいがなくなって、欲しいものが買えなくなるという経験をとおして、大人たちが共有している意識に、同形化していきます。
 しかし、貨幣経済が成立していない社会では、そもそもお金とういう知覚自体が存在しません。また、独裁国家でのお札に、その独裁政党の創立者の肖像画が印刷されている ときには、私たちのお札に対する知覚は変わってきます。同じく大切といっても、そこには倫理的な、全人格をかけての尊重というべきものが、加わります(独裁者の写真が載った新聞は、腰の下へ敷くことも許されない!)。つ まり、共同主観性は社会的に、また歴史的に(つまり、社会的活動とその蓄積の時間経過にそって)形成されるものです。
 その社会は、社会の成員の活動(すなわち、分業に基づく役割行動)の組み合わせから――私たちの場合ですと、株主・経営者・労働者などが、それぞれの立場で行う活動の組み合わせから――、成りたっています。そうした社会的協働、すなわち役割分担の遂行を通じて、共同主観性は(前記の例では、お札に対する私たちの知覚は)、 生み出されるわけです。そしてそれが、次世代へと引き継がれます。

 2) 世界全体としての共同主観性
 しかしこれだけでは、共同主観性とは、個別的主観をまとめて、融解したようなイメージにすぎません。けれども共同主観性は、主観のあり方を指すのみではなく、じつは客観の側をも取り込んでいます。
 なるほど近代的認識論の「主観-客観図式」にあっては、主観と客観(認識の対象)は存在的に分断されています。私と、私が見ている目の前の机とは、まったくの別物です。そして、精神的な主観と物的な客観は、いわば世界の半分半分を占めています(*4)。けれども共同主観性にあっては:
 i) 分断を前提としての客観そのものとか、主観そのものは存在しません。すべては、森羅万象は、まずはニュートラルな現象として、ただ立ち現れているものとして存在します。 つまり、物理的な存在であるとか、観念的な形象であるとか、その他もろもろの存在性質を私たちが付加する以前の「現象」として、存在します。先の一万円札の例でいえば、「一万円札」という<いわゆる対象的>現象と、それを眺めていると意識する<いわゆる私>という現象があるのみです(ときには、意識する私を意識するという、2次的な現象も生じますが)。

 ii) ただし、この現象的世界(*5)における諸現象は、相互に関係し、媒介され、また構造化されています。例えば、長方形の紙が大切な<一万円札>として現象するのは、特定の経済様式において生活をする<私>がいるためです。いわゆる主体(主観)的現象の後者(私)なくして、対象的現象の前者(一万円札)はありえません。逆もまたそうです(*6)
 そして、貨幣経済の発展によるところの、対象的現象の歴史的・社会的形成と、主体的現象のこれまた歴史的・社会的形成とは、同時相即しています。つまり、長方形の紙が一万円札になる歴史的・社会的過程と、私たちが長方形の紙を一万円札だと認識する歴史的・社会的過程は、同じ一つのものだということです。

 iii) なお共同主観性の観点からは、対象的現象が自然物であっても、それは「歴史化された自然」であり、社会文化的な形成物です(*7)。いわゆる自然としての自然は存在しないわけです。したがって、上記の一万円札での議論は、原理的には自然物にも当てはまります。 

 iv) こうして、特定の社会に属する各成員の前には、少なくとも基底的・1次的には、各成員に共通の意味をもった諸対象(前記の紙幣)が、存在することになり ます。共同主観性というのは、いわゆる主観の側だけでなく、対象(客観)の側をも含めた世界全体が、成員に共通の地平のうちに現れることなのです。

 3) 共同主観性と事的世界
 さらに、共同主観的性において現れる諸現象は、モノ(物)としてではなく、諸関係の結節(諸関係の複合的統一体)として存在するのです。ここでいう 「モノ」とは、自存的・自立的な存在物を意味します。ただ、「自存的」などといっても、物理的に堅固であるとか、完結しているということではなく、存在論的に(く だいて言えば、意味論的に)、「それ自体として考えられる」ということです。
 このような、自存的なモノの存在を前提とするような観点は――例えば、眼前の緑色の木は、赤い花や、白い石があっ てもなくても、緑の木だと考えるような観点は――廣松によって実体主義と呼ばれ(貶され)ます。
 この実体主義に対し、共同主観性が前提とする関係主義では、「緑が緑であるのは、赤や白との対比(相互否定的関係)によってである。木が木であるのは、花や石との対比によってである」、と考えます。
 また、緑色なるモ ノがあるわけではなく、太陽光線・木の表面でのある波長の光の反射・視神経の興奮などの連関のなかで、緑色が現象している」、と考えます。(むろん、太陽光線や視神経といったモノが自存しているのではありません。これらはこれで、また別の関係態のうちに存在していると、見なされます)。(*8)

 文化的形象や個人の人間性についても、それらは諸関係の総体(諸関係の結節)だと理解されます。このような観点は、「人間の本質は、社会的諸関係の総体である」(マルクス)という有名なテーゼに、よく表されています。
 ところが通常の私たちの意識においては、これら諸関係の結節であるところのものが、モノやモノの性質として、あるいはモノ的関係(つまり、物象化された関係。例えば、いわゆる「君臣の関係」や「労働と賃金」)として、現象するのです。つまり、物象化されて現れるのです。この物象化的な錯視を斥けて(*9)、関係の第一次性(*10)に立脚する見方、すなわち「この世界は、諸関係が物象化したものに他ならない」とする見方を、廣松は「事(コト)的世界観」(*11)と名付けました。そして、「関係世界の関係の構造そのものをとらえていきたい、というのが事的世界観ということの基礎的なモチーフ」になります。
 そこで共同主観性とは、事的世界――すなわち、「環境に対する [人々の] 関係をも含めた、人々の相互的関係の場」(*12)――が、意識化されたものといえるでしょう。


(*1) 例えば、『世界の共同主観的存在構造』の「序章」と「第1章」を参照して下さい。
 なお、共同主観性の語義・来歴と自らの意想との関係について、廣松自身が解説したものとしては、例えば『資本論の哲学』(現代評論社、1974年)の「あとがき」、285ページ以下があります。

(*2) 廣松渉『ヘーゲルそしてマルクス』、青土社、1991 年、57 ページ。つまり――
 役割的な「として(例えば、会社員として)」が存するということは、対他・対自的な関係性が成立しているということです。そこで、個人を「として」の集成として理解するときには、個人を(社会的・歴史的な諸関係の)総体として捉えていることを意味します。すなわち、
 「定在・相在する個々人は当の [歴史的] 諸関係の "結節" にほかならない。(関係の結節というと、人々はとかく、関係なるものを本質化して表象し、"結節" が個性なき均質的粒子であるかのように思い做してしまう。だが、関係の結節は一つ一つユニークであり、まさに個性的である。人々が実存的な実体的個体に内属する個性として思念しているところのものは、決して個体それ自体に内在するものではなく、まさに関係的 "結節" のユニークネスが実体的属性として "物性化" 的に錯視されたものにすぎない。)」(廣松渉『物象化論の構図』、1983 年、岩波書店、41 ページ)

(*3) 廣松渉『物象化論の構図』、岩波書店、1983 年、188 ページ。なお、「ダス・マン」というのは、ハイデッガーの用語で、「世間の人」という意味です。「扮技」は廣松用語の一つで、「(社会的な役柄に)扮して(演)技すること」といった意味でしょう。

(*4) そして、この構図を前提とした上で、一方を他方に還元しようとする交代劇が、唯心論的主観主義と唯物論的客観主義との間で、つねに演じられることになる――と、廣松は言います。

(*5) 廣松の主著『存在と意味』では、「現相的世界」という術語が、用いられています。

(*6) ここでの対象的現象と、主観的現象は、それぞれがさらにレアール(英語では real。質料的、実在的)な契機と、イデアール(英語では ideal。形相的、理念的)な契機とに分肢します(例えば、廣松渉 『存在と意味』、16ページ、岩波書店、1982年)。
 これら都合4つの契機からなる「四肢構造」については、やがて項を改めて説明しようと思います(ここでの解説は、ドイツ観念論との関係で行っています)。ただここで注意しておきたいのは、
(1) 共同主観性が成立するのは、イデアールな契機によってであることです:
 例えば、一万円札を私が見ている場面では、「一万円札(イデアールな契機)としての四角い紙(レアールな契機)が、貨幣経済社会の成員(イデアールな契機)としての私(レアールな契機)に、現れている」ことになります。この四角い紙の見え姿というものは、私と私の横の人とでは、当然違ってきますし、横の人にこの四角い紙が実際どのように映っているのかは、厳密に考えると、私には分かりません。しかし、彼は大人だから(貨幣経済社会の成員なのだから)、一万円札として見ているだろうということは、私の暗黙の了解になっています。また彼の方でも私のことを、そのように了解しているわけです。
 したがって、共同主観性が成立しているのは、「一万円札として」の契機と「貨幣経済社会の成員として」の契機、これら2つのイデアールな契機によってです。このことを廣松は、次のように述べています:
 「自他が反省において並存的に覚識される場合、両者は・・・個性的存在である。だが、反面では、両者に帰属する射影的所与 [四角い紙の見え姿] は相違していようとも、それら射影的所与が単なる予見以上の或るものとして覚識される『意味的所識』 [すなわち、イデアールな一万円札なるもの] は一箇同一でありうる」。(『存在と意味』岩波書店、1982年、146-147頁)

 なお、「対象のレアールな契機は、言葉では(いずれにしろ精確には)規定できず、またその現れ方も各人によって異なるというのであれば、対象の認識はあいまいなままであったり、私たちの間での共通認識はくい違ったりするはずだ」という反論は、私見では成りたちません。イデアールな契機を精密化(増加)すれば、認識は精密化しますし、それを確定することによって、共同主観性も確固としたものになります。
 むろん対象にはいわゆる「汲みつくし難さ」があり、完全な認識は神ならぬ身には不可能だと、ある意味では言えますが、それはイデアールな契機を完全には知ることができないためと、解されえるでしょう。

  また、対象のイデアールな契機は、たんに伝統的な形相概念を焼き直したものではありません。この契機は、対象の「被表的意味」(204)をなしているのですが、それは「函数的成態」(239-240, 251)であって、実体的なものではなく関係態です。(カッコ内の数字は、廣松渉『弁証法の論理』、青土社、1980 年)

 ちなみに、意識がイデアールな共同主観的契機をもちえるのは、意識は本源的に非人称的であると、廣松が考えていたからです。氏の著作から引用すると:
 「僕としては、"意識"の本源的な人称性、人称性を押さえておかないと、間主観性=共同主観性の問題は解けないという思いがある。」(『身心問題』、青土社、1988年、202ページ)
 「[市川浩] 氏が・・・『われわれは対象に没入し、われを忘れているときでも、前意識的かつ非措定的に自己を把握している』『反省したとたんに前反省的意識は「」の意識としてとらえられる』と書いておられる点、つまり、サルトル流の『非措定的自己意識』を認めてしまっておられる点は、賛成できかねる。
 「――それを認めてしまったのでは、『意識の各性』という近代哲学の大命題の埒内にあることになり、いくら『脱中心化』を説いても所詮は・・・というわけだね。」(『身心問題』、青土社、1988年、201-202ページ。なお、この本は対話形式になっており、引用文中の「――」は、話者が変わったことを示します。また「・・・」は原文のまま。)

(2) 廣松は後年、「共同主観性の対自的成立過程を」「心理生理学的(psycho-physiologisch)な機制」ともからめつつ、「『共鳴的同調』といった場面にまで遡って論考しようと試み」てもいます(引用は、『共同主観性の現象学』(1986 年)増山眞緒子氏との共著、世界書院、111 ページから)。
 しかし、この「振動系モデル」における「共鳴」という論点は、
 (i) ドイツ観念論とは関係がないことや、
 (ii) 私見では、哲学的有効性に問題があるので、
ここでは取りあげません。

(*7) 簡単にいえば、自然物のレアールな側面はたとえ非人工的であっても、イデアールな側面(意味)が人工的(歴史的・社会的)だというわけです。

(*8) ここでの説明は、関係性という考え方を理解しやすくするために、嘘も方便になっています。つまり「関係」が、木・緑・光の波長・視神経などといった客観の側だけで成立するかのような、説明に終わっています。これでは厳密にいえば、従来の近代的科学主義と径庭がありません。また、「『関係』というものをそれこそ一つの客体として自存的な或るもののようにみな」すことにも、なってしまいます。
 「『関係』ということには常に必ず主観性の契機が含まれている」ことに、留意しなければなりません。とはいえ、「主観性の契機ということを [私たちが常識としている近代的] 主観‐客観図式のままで言われると困」ります。この契機は、廣松の四肢的構造論――これの説明は、本稿では省略します――での主体の側の 2 契機(つまり、誰かとしての誰)に相応します。
 そして結局、「関係ということを廣松さん流にとらえかえすと、それはもはや普通の意味での関係ではなく『事』になる」わけです。(本注での引用は、『現代哲学の最前線』(1975年)の 53 ページから。)

(*9) 物象化的錯視については、廣松によって次のように言われます:
 「物象化的現前は錯認 [思い違いをする(『漢辞海』第2版)] であるとは言っても、偶然的に生じる幻覚ではなく、一定の条件下におかれている人々にとってはおのずと生じてしまう事態である。それは譬えて言えば、地表的世界に住む人々の日常的意識にとって、地球は不動であり、太陽がその周りを廻っているかのように現象するのと、類比的な現前である。人々の日常的意識にとっては、商品はそれ自身で価値をもち、貨幣はそれ自身で購買力をもち・・・というように現象する。日常的意識にとっては物象化された現象が "客観的現実" であり、人々はこの "客観的現実" に即応して行動することを通じて、当の物象化された事態を日々に再生産して行く。」(『ヘーゲルそしてマルクス』、青土社、1991年、275ページ)

(*10) 関係の第1次性というと、「この世界は、なにかエーテルのような関係なるものが、元になっているのか」などと、いぶかしく思われるかもしれません。しかし関係には、「物的契機も勿論介在」します。(『ヘーゲルそしてマルクス』、青土社、1991年、275ページ)
 そして廣松は、次のような疑念――「『性質』は関係規定を物象化したものと認めても、性質を担う基体、関係 [のうち] に立つ基体が、どうしても別にないと、性質や関係が宙にういてしまう」――に対しては、「そう考えてしまうのは『関係』というものに固有の存在性を認めないからだ。尤も、『関係の』存在性格ということになると、それは物質的な存在でもないし、また単なる精神的な存在でもない。物的か心的か、客観的か主観的かという [近代的な] 二元的な振り分けの地平に納まらないので、悟性的な立場ではなかなか理解されにくい」と答えます。(『ヘーゲルそしてマルクス』、青土社、1991年、32ページ)
 ただ、関係概念一般についてのこれ以上の説明は、氏にはないようです。

(*11) 「事(こと)」について、簡単に説明すれば:
 例えば、眼前の花が赤いというような、「感性的知覚と言われるような場面からして、すでに何かしらを何かとしてとらえるという構造性を持っている。この構造成態 [例えば、花を赤いものとしてとらえるという] を言語的に表現すると、まさに [「花が赤い」という] 命題の形になる」。この「主語-述語構造をもっている命題で表現されるような、そして間主観的 [=共同主観的] に妥当するような相で存立する事態」を、「事」といいます。(廣松渉、吉田宏晢著『仏教と事的世界観』、朝日出版社、昭和 59 年、141 ページ)
 日常用語でも、「花が赤いという事は・・・」などと、前記の命題で表される事態には「事」を、相応させています。(この命題は「超文法的な主語-述語構造」とい面から、さらに討究されます)。これに対し、実体主義の世界を構成するのは、簡単にいえばモノであり、名詞に相応します。
 ところで、前述したところの、対象の側の 2 肢と主観の側の 2 肢との、都合「四肢的な構造ということと、『事』というのはザッヘ [事柄。事態] としては違うわけじゃない。しかも、四肢的な構造というのを超越的に考えるのじゃなくて、フェノメナルな世界が存在構造の射影で見るとき、そういう媒介性において成立している」。「四肢的な構造性の成態そのものをあえて概念化した場合に、僕 [廣松] は事というふうに言いたいんですね」。(前掲『仏教と事的世界観』、142 ページ)

(*12) 廣松渉『廣松渉 マルクスと哲学を語る』(小林昌人編、河合文化教育研究所、2010年)、272ページ。

(*13) 廣松によれば、
 「『共同主観性』とは、暫定的・形式的に"定義"しておけば、自分と他者達とが、相互に主体として出会い(ベゲーグネン)つつ単一の世界を共有すること、視角を変えて言い換えれば、一つの世界に内存在(イン・ザイン)しつつ共互的(ミットアイナンダー)に能知能意能動的な共同現存在(ミットダーザイン)として対他対自的に承認(アンエルケンネン)し合っている在り方(ザインスワイゼ)、の謂いである」。(『共同主観性の現象学』、世界書院、1986 年、6 ページ)
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契機 Moment> v. 1.2.

 ヘーゲル弁証法において使われる用語で、「全体」との関係で見た、「部分」の在り方を意味します。つまり――

 個別的な事物や事態は、それ自体として、自存的(自己完結的)に成立・存続しているのではありません。それらはつねに、何らかの普遍的な全体の部分としてのみ存在します。逆に全体は、理念的(観念的)なあり方をしているのですが、つねに運動をしています。すなわち、全体が内蔵するところの要素・要因が、現実化して事物・事態(部分)になるという運動です。
 そこで、部分は全体から存在性をえて、全体との関係において存立しているわけです。(ただ、究極的にはそうであっても、全体の内容(要素・要因)は諸部分に現実化されていますので、部分の存立は、直接的には諸部分どうしの関係のうちにあることにもなります。)

 以上のような部分の在り方を、契機と呼びます。すなわち、
(1) 「要素」という意味での Moment が、全体を静的に構成しているような、自存的な部分を指すのに対し、
(2) 「契機」という意味での Moment は、全体が行う自己運動の中の各段階で生じる部分のことです。(なお、1つの段階に複数の契機が生じたり、1つの契機が下位の契機を蔵することもあります。)
(3) そして全体とは、必然的に行われる自らの運動(円環を描きます)に他なりませんので、この運動の各段階で生じた諸契機(諸部分)は、必然的に次の段階へと至るこの運動過程において、消滅することになります。
(4) 結局、真に存在するのは、全体が行う運動です。しかしこの運動は、運動過程においてかつ結びかつ消えるところの諸契機そのものです。したがって、諸契機が全体を存立させてもいるのです。
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