HOME 全サイト地図 3人の年表 3人の著作年表 全体目次

シェリング『超越論的観念論の体系』の難解な個所の訳と、
  テキスト
Meiner 社の Philosophische Bibliothek 版)の誤植 (V. 1.1.1.)


  目 次
はじめに (v. 1.0.)
凡 例 (v. 1.0.)
翻訳個所
  ・M. 3, L. 1-12./ OA. III, IV.  (v. 1.0.)
  ・M. 4, L. 3-10./ OA. V, VI.  (v. 1.0.)
  ・M. 13, L. 16-26./ OA. 8, 9.  (v. 1.0.)
  ・M. 24, L. 28-34./ OA. 27.  (v. 1.0.)
  ・M. 28, L. 12-19./ OA. 33.  (v. 1.0.)
  ・M. 34, L. 25-30./ OA. 44.  (v. 1.0.)
  ・M. 36, L. 22./ OA. 47.  (v. 1.0.)
  ・M. 40, L. 6-7./ OA. 53.  (v. 1.0.)
  ・M. 40, L. 7-10./ OA. 53.  (v. 1.0.)
  ・M. 41, L. 8-11./ OA. 54.  (v. 1.0.)
   以下工事中

誤植個所Meiner 社の Philosophische Bibliothek 版において)   (v. 1.4.)

M. 3, L. 1-12./OA. III, IV. 

◆ 原文:
 Dass ein System, welches die ganze, nicht bloß im gemeinen Leben, sondern selbst in dem größten Teil der Wissenschaft herrschende Ansicht der Dinge völlig verändern und sogar umkehrt, wenn schon seine Prinzipien auf das strengste bewiesen sind, einen fortdauernden Widerspruch selbst bei solchen finde, welche die Evidenz seiner Beweise zu führen oder wirklich einzusehen imstande sind, kann seinen Grund allein in dem Unvermögen haben, von der Menge einzelner Probleme zu abstrahieren, welche unmittelbar mit einer solchen veränderten Ansicht die geschäftige Einbildungskraft aus dem ganzen Reichtum der Erfahrung herbeiführt und dadurch das Urteil verwirrt und beunruhigt.

☆ 拙訳:
 ふつうの生活においてだけでなく、学問の大部分においてさえも支配的な事物観の全体を、まったく変化させ、そのうえ逆転もさせる体系が、たとえ体系の諸原理は非常に厳密に証明されていたとしても、体系成立の証明を明証的に行い実際に理解することができる人々によってさえも、長い間反対され続けるということ――このことの理由は、かいがいしく働く想像力が、変化した事物観とともにきわめて多くの経験から直接もたらすところの、またそのことによって判断を混乱・紛糾させるところの、多くの個別的な諸問題を捨象できないということに、もっぱらよるのかもしれない。

◇ 拙訳の理由:
・文全体の主語は、文頭の
dass 節です。
・定動詞は
kann で、それに対する本動詞(動詞の不定形)は haben です。
・したがって、
 Dass . . . kann seinen Grund allein in dem Unvermögen haben,
 「
dass 以下であることの理由は、もっぱら無能力のうちにあるのかもしれない」
というのが、文全体の意味です。
・文頭の dass 節の主語は ein System で、定動詞は
finde、目的語は einen fortdauernden Widerspruch です。
・この Widerspruch は「矛盾」というより、「異議。反対」の意味です。
solchen は、「~のような人たち」。指示代名詞の複数形は、しばしば「人たち」を意味します。
・したがって、
 ein System . . . einen fortdauernden Widerspruch selbst bei solchen finde
 「或る体系は・・・のような人たちによってさえも、長い間反対される」
の意味です。
einzelner Probleme(複数)を受けている関係代名詞 welche は、複数のはずです。したがって、welche を含む副文の主語ではなく、目的語になっています。といいますのは、この副文の定動詞 herbeiführt, verwirrt, beunruhigt は、すべて単数形だからです。主語は、 die geschäftige Einbildungskraft(単数形)です。
・そこで、
 einzelner Probleme . . . , welche . . . die geschäftige Einbildungskraft . . . herbeiführt und dadurch das Urteil verwirrt und beunruhigt.
 
「かいがいしく働く創造力がもたらし、そのことによって判断を混乱・紛糾させるような個別的な諸問題」
となります。


(初出 2020-6-10) (目次)

M. 4, L. 3-10./OA. V, VI. 

◆ 原文:
 Es ist dies aber eben das Eigentümliche des transzendentalen Idealismus, dass er, so bald er einmal zugestanden ist, in die Notwendigkeit setzt, alles Wissen von vorne gleichsam entstehen zu lassen, was schon längst für ausgemachte Wahrheit gegolten hat, aufs neue unter die Prüfung zu nehmen, und gesetzt auch, dass es die Prüfung bestehe, wenigstens unter ganz neuer Form und Gestalt aus derselben hervorgehen zu lassen.

☆ 拙訳:
 もっとも、まさに超越論的観念論に特有なのは、この観念論はひとたび承認されるや、以下のようなことを不可避とすることである:
・すべての知をあらためて初めから、いわば発生させるのであり、
・すでにはるか以前から確定された真理とされていたものを、新たに吟味し、
・この真理とされていたものが、たとえ吟味に耐えたとしても、その後では少なくともまったく新しい形式や形態において、現れるようにさせることである。

◇ 拙訳の理由:
dies aber aber は、前文との「対比・対照」を示しますが、否定する「しかし」の意味ではなく、「もっとも。ただし」です(小学館『独和大辞典 第 2 版』、
aber の項目、1)。
・この引用原文全体の本来の主語(論理上の主語)は dies で、
dies を説明する付加語が、dass 以下の副文です。
・文頭の
Es は、文法上の主語です。
dass 以下の副文の主語は、er(超越論的観念論)で、定動詞は setzt(<或る状態に>置く)です。
in die Notwendigkeit setzt の意味は、「~を不可避とする」
setzt の4格補足語(目的語)は、zu lassen, zu nehmen, zu lassen の3つで、すべて名詞化された zu 不定詞です。
gesetzt auch, dass . . . は挿入句で、「たとえ(auch)・・・だとしても
(gesetzt)」の意味です。

(初出 2020-6-14) (目次)


M. 13, L. 16-26./OA. 8, 9. 

◆ 原文:
 . . . ein Fürwahrhalten, das, weil es nicht auf Gründen noch auch Schlüssen beruht (denn es gibt keinen einzigen probehaltigen Beweis dafür) und doch durch keinen entgegengesetzten Beweis sich ausrotten lässt (naturam furca expellas, tamen usque redibit), Ansprüche macht auf unmittelbare Gewissheit, da es sich doch auf etwas von uns ganz Verschiedenes, ja uns Entgegengesetztes bezieht, von dem man gar nicht einsieht, wie es in das unmittelbare Bewusstsein komme, -- für nichts mehr als für ein Vorurteil – zwar für ein angeborenes und ursprüngliches – aber deswegen nicht minder für ein Vorurteil geachtet werden kann.

☆ 拙訳:
 この想定上の真理は、根拠とか推測にもとづくものではないし(というのは、ただの1つの試験済みの証明すらないのだから)、逆に否定証明によって一掃されもしないために(「自然なものを、君が熊手でもって追い払っても、常に戻って来るだろう」というわけだ)、この真理は、自分の直接的な確実さを要求する。またこの真理は、私たちとまったく相違するものに、そう、私たちとは反対のものに――つまり、私たちの直接的意識にどのようにしてやって来るのか、まったく理解できないものに――関係するのだから、この真理を先入観以上のものと見なすことはできない(たとえ、生得のもの、根源的なものとは見なせても)。そしてそれゆえに、まさに先入観と見なしえるのである。

◇ 拙訳の理由:
 引用原文の構造は、以下のようになっています:
Fürwahrhalten(想定上の真理)を受ける関係代名詞 das を主語とする副文が、最後の
kann まで続いています。定動詞は Anspruche macht macht と、文末の kann です。
・最初の定動詞
macht を含む文には、理由を示す接続詞 weil 以下の副文が挿入されていますが、文末の kann を含む文にも理由を示す接続詞 da 以下の副文が挿入されて、対応するかの如くです。
weil 以下の副文は、 redibit) まで続きます。
auf et. 4格 Anspruch machen で、「・・・を要求する」の意味ですので(小学館『独和大辞典 第 2 版』、Anspruch の項目)、Ansprüche macht auf unmittelbare Gewissheit の意味は「[自分の] 直接的な確実さを要求する」です。

・ラテン語句の naturam . . . 以下については、こちらを参照ください。

(初出 2020-6-29) (目次)


M. 24, L. 28-34./OA. 27. 

◆ 原文:
 Nun ist aber offenbar, dass, wenn es nicht eine absolute Grenze des Wissens – etwas gäbe, das uns, selbst ohne dass wir uns seiner bewusst sind, im Wissen absolut fesselt und bindet und das uns, indem wir wissen, nicht einmal zum Objekt wird, eben deswegen, weil es Prinzip alles Wissens ist – dass es alsdann überhaupt nie zu einem Wissen, nicht einmal zu einem Einzelnen kommen könnte.

☆ 拙訳:
 しかしながら明らかなことだが、もしも知識に絶対的な限界がないとするならば――つまり、その存在を知られることすらなく私たちの知識を絶対的に拘束・束縛するもの、私たちが知るときに、まさにすべての知識の原理であるがゆえに知る対象にすらならないものが、存在しないとするならば――、そのようなものがなんらかの知識となることは、個別的な知識となることも、決してないのである。

◇ 拙訳の理由:
 引用原文の構造は、以下のようになっています:
・冒頭の主文 Nun ist aber offenbar の主語は、直後の
dass 以下の副文です。
・しかしこの
dass 以下の副文が、wenn 以下の修飾文によって長くなったため、新たに – dass es alsdann . . . と、書き改めています。したがって、文章の骨格は、
 
Nun ist aber offenbar, dass es [= etwas = eine absolute Grenze des Wissens] alsdann . . .
となります。

(初出 2020-7-21) (目次)


M. 28, L. 12-19./OA. 33. 

◆ 原文:
 Ob vom Wissen zum Sein zu gelangen, aus dem vorerst nur zum Behuf unserer Wissenschaft als selbständig angenommen Wissen alles Objektive abzuleiten, und jenes dadurch zur absoluten Selbständigkeit zu erheben, ob uns dies sicherer gelingen werde, als dem Dogmatiker der entgegengesetzte Versuch, aus dem als selbständig angenommenen Sein ein Wissen hervorzubringen, darüber muss die Folge entscheiden.

☆ 拙訳:
・知から存在へと至ることに、
・たんに私たちの学問のために、自立的だと最初に仮定した知から、客観すべてを導出することに、
・そしてこれによって、知が絶対的な自立性へと高まることに、
これらのことに私たちが、独断論者より――すなわち、自立的だと仮定した存在から知を生みだそうと、私たちとは逆の試みをしている独断論者より――確実に成功するかどうかは、結果が決定するはずである。

◇ 拙訳の理由:
・引用原文の
中ごろの ob uns dies ob は、文頭の Ob を繰り返したものです。その後の dies は、文頭の Ob の後の 3 つの zu 不定詞(zu gelangen; abzuleiten; zu erheben)を受けています。

als dem Dogmatiker
als は、比較級 sicherer を受けて、「~よりも」の意味です。

darüber は、ob uns dies sicherer gelingen werde を受けています。

(初出 2020-8-27) (目次)


M. 34, L. 25-30./OA. 44. 

◆ 原文:
 In jedem identischen Satz, wurde behauptet, werde das Denken mit sich selbst verglichen, was denn ohne Zweifel durch einen Denkakt geschieht. Der Satz A = A setzt also ein Denken voraus, das unmittelbar sich selbst zum Objekt wird;

☆ 拙訳:
 すべての同一命題においては、思考をそれ自身と比べるようにという要求が、主張されていた。思考をそれ自身と比べるということは、じっさい疑いもなく、ある思考活動によって起きるのである。したがって、「A = A
」という命題は、ある思考を前提としており、この思考はそれ自身に対して、直接に対象となる。

◇ 拙訳の理由:
・定動詞
behauptet の主語は、「werde das Denken mit sich selbst verglichen 」です。

・ この主語になっている副文の内容は、読者への要求であるため接続法第1式の
werde が使われています。またこの副文は、dass が文頭にくる形ではなく、定動詞 werde が文頭にきている「強調による定形倒置形」です(橋本文夫著『詳解ドイツ大文法』、217ページ)。

・関係代名詞 was は、主語の副文の内容である「思考をそれ自身と比べる」を受けています。

denn は、「実際。やはり」といった意味合いで、直後の ohne Zweifel と共になって「じっさい疑いもなく」という意味でしょう。

(初出 2020-8-29) (目次)

M. 36, L. 22./OA. 47. 

◆ 原文:
 . . . reines Bewusstsein, oder Selbstbewusstsein κατ' εξοχήν.

☆ 拙訳:
 ・・・純粋意識、すなわち「本来の意味での」自己意識である。

◇ 拙訳の理由:
 ギリシア語κατ' εξοχήνは、「この上なく優れた」という意味や、「(言葉の)真の意味で」という意味をもちます。
 そこで文脈から判断して、「本来の意味で」という意味にとりました。

(初出 2020-9-27) (目次)

M. 40, L. 6-7./OA. 53. 

◆ 原文:
 Seit Reinhold die wissenschaftliche Begründung der Philosophie sich zum Zweck gesetzt hatte, . . .

☆ 拙訳:
 ラインホルトが哲学の学問的な基礎付けを、自分の目的に設定して以来・・・

◇ 拙訳の理由:
・原文中の
sich は 3 格なので、「自分に対して」とか「自分のために」という意味です。
zum Zweck setzen は、「目的に付け加える」とか「目的の側に置く」といった意味ではないと思われます。相良守峯『大独和辞典』の setzen の項目、I, 7 には、
  
jn. zum Richter setzen 「或る人を裁判官に任命する」
  et. zum Pfand setzen
「或物を抵当に入れる」
という例文があります。zu jn./et. setzen は、「或人/或物に(設定)する」の意味になっています。
 そこで、zum Zweck setzen
は、「目的に(設定)する」の意味でしょう。

(初出 2020-11-9)  (目次)

M. 40, L. 7-10./OA. 53. 

◆ 原文:
 . . . war viel von einem ersten Grundsatz die Rede, von welchem die Philosophie ausgehen müsste, und unter welchem man insgemein einen Lehrsatz verstand, in welchem die ganze Philosophie involviert werden sein sollte.

☆ 拙訳:
 ・・・哲学が出発しなければならないであろう第一原理について、多くのことが議論された。また、この第一原理ということで、全哲学を包含しているであろう 1 つの命題を、人々は一般に理解した。

◇ 拙訳の理由:
 接続法第二式の現在形 sollte は、その前の müsste と同じく、口調を和らげるための外交話法として用いられていると思います。「sollte は外交話法にも
würde の代わりとして大いに用いられる」とあります(橋本文夫著『詳解ドイツ大文法』、269ページ)。

(初出 2020-11) (目次)

M. 41, L. 8-11./OA. 54. 

◆ 原文:
 Aber das Produkt ist außer der Konstruktion schlechterdings nichts, es ist überhaupt nur, indem es konstruiert wird, und abstrahiert von der Konstruktion so wenig als die Linie des Geometers.

☆ 拙訳:
 しかし、[この]所産は構成の外では、まったくの無である。所産がそもそも有るのは、構成されるからであって、構成を捨象しては、幾何学者の線と同様に、存しないのである。

◇ 拙訳の理由:
 von etwas abstrahieren は、「或るものを捨象する
という意味であって、「或るものから抽象する」ではありません。

(初出 2020-11-18)  (目次)

   以下工事中

  誤植個所 (初出 2020-6-10)

M. 11, L. 16./OA. 5.  誤植語: Philosohie → Philosophie
M. 13, L. 28./OA. 9.  誤植語: bildlings → blindlings
M. 32, L. 16./OA. 40.  誤植語: Fremdartigen → Fremdartiges
M. 32, L. 16./OA. 40.  誤植語: Verschiedenen → Verschiedenes
M. 34, L. 30./OA. 44.  誤植語: Denkat → Denkakt
M. 36, L. 32./OA. 47.  誤植語: vor allem → von allem
M. 54, L. 31./OA. 75.  誤植語: der → des
M. 56, L. 26./OA. 79.  誤植語: praktischer → praktische
   以下工事中

(目次)

   はじめに  

 ドイツ観念論に取り付くための原典としては、シェリング『超越論的観念論の体系』がもっともいいのではないかと思います。しかし、翻訳には1948年出版の赤松元通訳『先験的観念論の體系』
 https://books.google.co.jp/books?
id=K5y_ta8je_gC&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_atb#v=onepage&q=40&f=false

しかなく、不適切な訳の箇所もあります。
 また、テキストは Meiner 社の Philosophische Bibliothek 中の System des transzendentalen Idealismus (2000年版。W. schulz, W. E. Ehrhardt 両氏の序文付き)が、良さそうです。しかし、この版には明らかな誤植が、散見されます。

 そこで、
・原文の文章が難解な個所を翻訳し(したがって、赤松訳の誤訳を訂正するものではありません)、
・上記の版での気づいた誤植を、訂正する次第です。

 言うまでもありませんが、拙訳の誤りや誤記の可能性も、十分ありえます。その際には、takin$be.to$ @ に変えてください)にご一報くだされば、幸甚です。

(初出 2020-6-10)
(目次)

   凡 

(1) 引用テキストのはじめには、たとえば次のように記されています:
   「・M. 3, L. 1-12./ OA. III, IV.」
 「M」は、Meiner 社の Philosophische Bibliothek 版のテキストを表します。
 「3」は、その 3 ページということです。
 「L」は、本文の上からの行数です。(空白行は、数えていません。)
 「1-12」は、上から 1 行目から 12 行目にあることを示します。
 「OA」は、1800年のオリジナル版(Originalausgabe)を表します。
(なお、1800年のオリジナル版は、
https://books.google.co.jp/books?
id=C6vWbJXB73EC&printsec=frontcover&source=gbs_book_other_versions_r&
redir_esc=y#v=onepage&q&f=false

 「III, IV」は、そのIII, IVページということです。(このページ数は、Philosophische Bibliothek 版に併記されているものを、使用しています。)

(2) Philosophische Bibliothek 版の誤植の確認は、注記がないかぎり、『ミュンヘン記念版全集』Zweiter Hauptband)によります。

(3) 拙訳での [ ] 内は、私の挿入です。

(初出 2020-6-10)
(目次)
HOME 全サイト地図 3人の年表 3人の著作年表 全体目次
O