HOME 全サイト地図 3人の年表 3人の著作年表 目 次


   イツ観念論関係の誤訳について(11) v. 1.1.

   ヘーゲルのイェナ(Jena, イエナ, イェーナ)大学での
     
  講義告示


    Hegels Ankündigungen im Jenaer Vorlesungsverzeichnis


はじめに 誤解を避けるために、御一読をお願いします。
凡 例 

 ・なお、『ヘーゲルのイェナ期年表』での講義告示の拙訳も、参考にしていただけると幸いです。
 ・ 講義告示の単語ごとの意味と文法説明は、ここに掲載しています。


目 次

   ・1802 年 夏学期
   ・1802/03 年 冬学期
   ・1804 年 夏学期
   ・1804/05 年 冬学期   
   ・1805 年 夏学期
   ・1806/07 年 冬学期   
   ・1807 年 夏学期


 ・1802 年 夏学期

★ H, 639 での個所:
 「・・・(表示されたタイトルで出版される予定の第 2 巻による)」

☆ 拙訳では:
 ・・・同書名で出版される予定の著書にもとづいて・・・

◆ 原文は:
 . . . secundum librum sub eodem titulo proditurum . .

☆ 訳出のポイントは:
 引用文中の
secundum は、「~にしたがって」という意味の対格支配の前置詞です。したがって直後の librum(著書)も、対格となっています。
 secundum が形容詞「第 2 の」だとすると、secundum librum の文内での位置づけができず、文法的に破綻をした文となります。(名詞の対格だけでは、「(その名詞の表すもの)による」という意味は出せません)。
  

 ・1802/03 年 冬学期

★ H, 640 での個所:
 「・・・(次回の市に出版される予定の第 2 巻による)」

☆ 拙訳では:
 来たるべき市日に出版される著書にもとづいて


◆ 原文は:
 . . . secundum librum nundinis instantibus proditurum . .

☆ 訳出のポイントは:
 ここも引用文中の
secundum は、「~にしたがって」という意味の対格支配の前置詞です。したがって直後の librum(著書)も、対格となっています。
 secundum が形容詞「第 2 の」だとすると、secundum librum の文内での位置づけができず、文法的に破綻をした文となります。(名詞の対格だけでは、「(その名詞の表すもの)による」という意味は出せません)。
(初出 2012.3.12, v. 1.0.)


 ・1804 年 夏学期

★ H, 641 での個所:
 「一般哲学体系、または論理学と形而上学、精神哲学、自然哲学」

☆ 拙訳では:
 哲学の一般的体系を、講じるであろう。すなわち、ある講義では論理学と形而上学を、そして精神哲学を、他の講義では自然哲学を教えるという具合に。

◆ 原文は:
 . . . Hegel . . . philosophiae systema universum ita tractabit, ut aliis lectionibus Logicam et Metaphysicam, et Philosophiam mentis, aliis philosophiam naturae doceat.

☆ 訳出のポイントは:
 文の構造ですが、
(1)
ita . . . ut で、「ut 以下のように」となっています。そこで、「ヘーゲルは、一般的体系を、講じるであろう」が、それは「ある講義では論理学と形而上学を・・・のように」という意味になります。

(2) aliis . . . aliis は、「一方では・・・他方では・・・」という意味です。aliisalius の複数・奪格ですから、lectio(講義)の複数・奪格である lectionibus を修飾します。そこで、「ある講義では・・・他の講義では・・・」となります。動詞は doceo(教える)の接続法現在 doceat ですので、可能性の意味が付加されて「教えよう(教えるであろう)」となります。

 また、
(3) philosophiae systema universum universum systemaを修飾します(philosophiae は属格、universum universum が対格)。そこで、拙訳では「哲学の一般的体系」としました。
 ちなみに、『イェナ文芸新聞での講義告示』のドイツ語文(BH, 83)でも、
Ein allgemeines System der Philosophie となっています。


 ・1804/05 年 冬学期

★ H, 641 での個所:
 「『全哲学的学、すなわち思弁的哲学(論理学と形而上学)、自然哲学、精神哲学(口述による)』を講義する。」

☆ 拙訳では:
 哲学の全学問を――すなわち思弁哲学(論理学と形而上学)、自然哲学、そして精神哲学を――口述によって・・・講じるであろう。

◆ 原文は:
 . . . Hegel . . . totam philosophiae scientiam, i. e. philosophiam speculativam (logicam et metaphysicam), naturae et mentis ex dictatis . . . tractabit.

☆ 訳出のポイントは:
 文章の構造(修飾関係)を、明確にしたいものです。
(1)
totam philosophiae scientiamtotam は、scientiam を修飾します(philosophiae は属格。totam scientiam が対格)。(ちなみに、『イェナ文芸新聞での講義告示』のドイツ語文(BH, 84)でも、Die ganze Wissenschaft der Philosophie となっています)。
 そこで拙訳では、「哲学の全学問」としました。

(2) ex dictatis(口述によって)は、それまでの講義内容すべてに懸っています。(前記『イェナ文芸新聞での講義告示』のドイツ語文(BH, 84)でも、Die ganze Wissenschaft der Philosophie behandelt, nach eigenen Diktaten, Hr. D. Hegel. となっています)。


 ・1805 年 夏学期

★ H, 641-642 での個所:
 「『全哲学的学、すなわち思弁哲学(論理学と形而上学)、自然哲学、精神哲学 [今夏出版される予定の書物にもとづいて])および『自然法(同上)』を講義題目として・・・」
 * 上記引用文中の『 』は、「ヘーゲル詳細年譜」では「 」の表記です。

☆ 拙訳では:
 a) 哲学の全学問を――すなわち思弁哲学(論理学と形而上学)、自然哲学、そして精神哲学を――、夏に出版される著書にもとづいて・・・b) 自然法を同著書にもとづいて・・・講じるであろう

◆ 原文は:
 a) totam philosophiae scientiam, i. e. philosophiam speculativam (logicam et metaphysicam), naturae et mentis, ex libro per aestatem prodituro . . . b) Jus naturae ex eodem . . . tradet.

☆ 訳出のポイントは:
 「ヘーゲル詳細年譜」に記載の訳は、語句相互の関係が分かりにくく、カッコの表記にも誤植があるようです。
(1) totam は対格なので、対格の scientiam を修飾します。そこで拙訳では、「哲学の全学問」としました。

(2) ex libro 以下の語句は、totam philosophiae scientiam を(つまりは、それまでの語句すべてを)修飾しています。

(3) 引用した「ヘーゲル詳細年譜」での "(同上)" は、"[同上]" が正しいようです。


 ・1806/07 年 冬学期

★ H, 643 での個所:
 「自著『学の体系』にもとづき、まもなく最初の部分が出版される予定の精神哲学によって先行された、論理学と形而上学、すなわち思弁哲学」を講義題目・・・

☆ 拙訳では:
 「a) ・・・を 、b) 論理学形而上学すなわち思弁哲学を、それらの前に位置する精神の現象学――これについては、彼の著書『学問の体系』のまもなく出版される第一部にもとづいて [教える]――と共に、c) ・・・を」、教える。

◆ 原文は:
 Hegel, D. a) . . . b) Logicam et Metaphysicam s. philosophiam speculativam praemissa Phaenomenologia mentis ex libri sui: System der Wissenschaft, proxime proditura parte prima; . . . c) . . . tradet.

☆ 訳出のポイントは:
 教える(
tradet)内容の b の箇所が、問題となります。
(
1) praemissa Phaenomenologia が、追加・並列を意味する独立奪格句として用いられているために、ヘーゲル博士は「精神の現象学」も、Logicam(論理学)と Metaphysicam(形而上学)と共に教えます。

(2) 教えるのは何にもとづいてかということが、前置詞 ex 以下で述べられます。注意すべきは、ex は奪格支配なので、これも奪格の parte prima (第 1 部)にかかることです。したがって、「第 1 部」にもとづいて教えるのです。

(3) libri(著書)の方は属格なので、parte prima を修飾します。また、System der Wissenschaft(学問の体系)は、libri sui と同格で、libri sui を修飾・説明しています。
 つまり、「(彼の著書である『学問の体系』の)第 1 部にもとづいて」教える、という意味です。

(4) それでは、proxime proditura(やがて出版される)は何を修飾しているかですが、prodituraprodo(出版する)の未来分詞・単数・女性・奪格なので、同じ単数・女性・奪格である parte prima になります。
  System der Wissenschaft(学問の体系)は、libri sui(彼の著書、属格)と同格なので属格扱いになり、proxime proditura には修飾されません。つまり、『学問の体系』の第 2 部以降は、まだ出版される予定ではないことが、推測されます。

(5) そうしますと、論理学と形而上学は、ヘーゲルの学問体系では第 2 部以降に相当しますので(注1)、それが直ちには出版されないとなると、論理学と形而上学は自著にもとづいては教えられないことになります。
 したがって、ex libri sui彼の著書にもとづいて)の語句は、直前の Phaenomenologia mentis(精神の現象学)だけに懸り、Logicam et Metaphysicam すなわち philosophiam speculativam には懸りません。

-------------------------------------
(注1) 1807 年に出版された『精神の現象学』のタイトルは、「学問の体系 第 1 部、精神の現象学」です。


 ・1807 年 夏学期

★ H, 644 での個所:
 「自著『学の体系。第 1 部』 [バンべルク・ヴュルツブルク、ゲープハルト書店] という書物にもとづいて、精神現象学によって先行された、論理学と形而上学」・・・を講義する・・・

☆ 拙訳では:
 「a) ・・・を、b) 論理学形而上学を、それらの前に位置する精神の現象学(これについては、彼の著書『学問の体系、第 1 部』(バンベルクならびにヴュルツブルク、ゲープハルト書店、1807 年)にもとづいて [教える])と共に、c) ・・・を、d) ・・・を」、教えるであろう。

◆ 原文は:
 Hegel, D. a) . . . b) Logicam et Metaphysicam, praemissa Phaenomenologia Mentis ex libro suo: System der Wissenschaft, erster Theil (Bamb. und Würtzb. bey Goebhardt 1807.) c) . . . d) . . . docebit..

☆ 訳出のポイントは:
 教える(
docebit)内容の b の箇所が、問題となります。
(1)
praemissa praemitto(先遣する、前に置く)の完了分詞・単数・女性・奪格なので、同じ単数・女性・奪格である Phaenomenologia(現象学)を修飾します。そこで、「前に置かれた現象学」という意味になります。

(2) praemissa Phaenomenologia が、追加・並列を意味する独立奪格句として用いられているために、ヘーゲル博士は「精神の現象学」も、Logicam(論理学)と Metaphysicam(形而上学)と共に教えます。

(3) 教えるのは何にもとづいてかということが、前置詞 ex 以下で述べられます。ex は奪格支配なので、これも奪格の libro suo(彼の著書)に懸ります。すなわち System der Wissenschaft, erster Theil (学問の体系、第 1 部)にもとづいて教えるのです。

(4) そうしますと、論理学と形而上学は、ヘーゲルの学問体系では第 2 部以降に相当しますので、それらは今回の彼の著作にもとづいては教えられないことになります。
 したがって、ex libro suo彼の著書にもとづいて)の語句は、直前の Phaenomenologia Mentis(精神の現象学)だけに懸り、Logicam et Metaphysicam には懸りません。



 例  

 ヘーゲルのイェナ大学での講義題目は、初期ヘーゲルの研究において、とりわけ『精神の現象学』の成立過程を知るうえで、欠かせないものとなっています。この講義題目がまとまって邦訳されているものとしては、『ヘーゲル事典』(弘文堂、初版)付録の「ヘーゲル詳細年譜」があります。
 そこに記載されている講義題目の訳には、誤っていると思われる箇所が散見されますので、拙稿で訂正を試みたしだいです。

・『ヘーゲル事典』は、Hと略記しました。したがって、「H, 639」は、同書の 639 ページを指します。

・原文テキストは、Briefe von und an Hegel. Bd. 4. Teil 1. Hrsg. von J. Hoffmeister. Philosophische Bibliothek 238a に拠りました。

・同書に記載されている講義告示(Hegels Ankündigungen im Jeaner Vorlesungsverzeichnis)は、Google で "65. Hegels Ankündigungen"を検索すると閲覧できます。

・[  ] 内は訳者の挿入です。


(初出 2012.3.19.)
HOME 全サイト地図 3人の年表 3人の著作年表 目 次