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不審船事件によせて

(2001.12.25)


以下の文は、岡崎研究所へ投稿(2001年12月25日)したものです。
http://www.okazaki-inst.jp/okazaki-inst/diaries/diary122901.html


 今回の不審船(北朝鮮のものとされています)問題で興味深いのは、私のような素人からしますと、中国政府の反応です。彼らはどのような思いを持つのでしょうか、あるいは持たないのでしょうか。

 中国はいよいよWTOに加盟し、ASEANには自由貿易協定を提案しています。また、北京オリンピックの後は、万博を視野に入れているようです。すなわち、富強大国への道を横綱相撲をとることによって、日本などをしのぐ声望を得ながら、進もうとしています。そうした彼らに、北朝鮮のやり方はどう映るのでしょうか。なるほど一昔前は唇歯輔車の関係と思っていたことでしょうが、今でも、いやあれはあれで使えるんだと、肯定的に受けとめているのでしょうか。むしろ、金正日政権の火遊びを苦々しく感じていると思われます。少なくとも、そのように感じる党要人もかなりいるでしょう。
 中国と北朝鮮の利害が反する事態は、案外多いのかもしれません。現在のテロ問題でも、北朝鮮はイスラムのテロ組織を支援していましたが、中国はシンチアン自治区などにおいてイスラム運動とは激しく対立していました。このイスラム問題をめぐって、両国がどのように政策を調整したのか、あるいはしなかったのか、専門家のご意見をうかがいたいところですが、いずれにしろ中国側としては「いい加減にしてくれ」と言いたいのではないでしょうか。

 ここにいたって、日・米・韓と中国の間には共通利害が、首肯しえる公約数が生まれているといえます。つまり、北朝鮮は穏健な社会主義になることが望ましい、あるいは、金総書記なき親中国政権が誕生してほしい、というものです。
 一方、北朝鮮の総書記をはじめとする中枢の幹部には、絶望的ジリ貧状態が分かっていると思われます。てこ入れしたところで経済発展は望めず、毎年飢餓・栄養失調が続きます。期待をいだかせた経済特区も不成功のようであり、経済開放政策も無理のようです。といって、彼らが政権を手ばなせば、彼らをまつ運命がどのようなものであるのかも、よく知っているはずです。

 そこで、一つのシナリオの可能性が、まあ、うたかたの夢のようなものですが、生じます。北朝鮮の中枢幹部たちには、蓄えた資産の一部と、ベッドの上での天寿のまっとうを保証して、政権委譲を持ちかけようというものです。委譲後の彼らが、ボディーガードに囲まれてスイスで暮らすのか、中国の幹部別荘地の一角でアメリカの投資会社からの財産運用レポートを眺めるのか、あるいは、北朝鮮の僻地に治外法権の要塞を築くことになるのか、それは話し合えばいいでしょう。
 総書記殿は芸術家でもありますから、「ハリウッドで映画を作られてはいかがですか」とお誘いしてみるのも一興でしょう。冗談はさておき、このシナリオが成立するには、むろん中国の協調が必要です。

 こうした夢物語はさておいても、いずれにせよ今は中国の本音に耳をかたむけるときではないかと愚考します。

追記.25日夜のNHKニュースによれば、中国側の排他的経済水域で沈没した不審船を、日本が引き上げることについて、中国は表立っては反対していないようです。もっとも、処理状況を通知し、中国の権益と懸念を尊重するよう中国スポークスマンは要求しています。まあ中国がそれくらいのことを言うのは当然でしょうし、また、問題をこれ以上大きくしないようにとの圧力などは、かけてくるでしょう。
 注目すべきは、排他的経済水域へ海上保安庁の巡視船が追跡途上に入ってから、沈没船の遺留品の捜索にあたっている現在まで、中国の艦船が威圧や嫌がらせのために姿を見せてはいないことです。こうしてみると、中国は横綱相撲をとろうとしているようですが、まだ判断は早計かもしれません。ともあれ、不審船が中国側に沈没したことが、これからの中国外交をうらなう思わぬリトマス試験紙となったように思われます。


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