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第20回 <考える人(ロダン)>

                ゆめタウン徳島の紀伊国屋書店前) (v. 1.1. 初出:2014-6-13)


 「考える人」の像は、この写真でいえば、正面すこし右寄りにあります。

 はじめに、このような芸術品を(かりに精巧なレプリカだとしても、高価なものを)参観に供されている紀伊国屋書店に、深甚なる感謝の念を表明したいと思います。
(「考える人」を見たよい子のみなさんは、そのあとでぜひ本を買おうね!)

 また、当サイトをご覧いただいている皆さまには、今回掲載しました写真は画質が悪いことを、ご了承ください。(すこしく説明が、必要と思われます・・)
 私と友人が「考える人」を見ていますと、携帯でこの像を撮影している人が、かなりいたんです。そこで、記念写真くらいはいいのではないかと思い、友人を像の横に立たせてちょうど持っていたコンパクトカメラで、撮ったのでした。
 そして、家に帰ってパソコンで記念写真を見ますと、やはり世界の傑作、死蔵するのはいかがなものかとためらわれます。そこで、像の部分だけをトリミングして、皆さまにお目にかけることにした次第です。

 しかし意図はどうあれ、不幸にして法網にかかり、手が後ろにまわったときには、皆さまからのあたたかい差し入れを、お待ちしています。料亭かホテルの五千円くらいの弁当が、希望です。


 ★ 下に掲載した写真をクリックして現われる画像は、1200(縦) x 1920(横)のディスプレイで、拡大率 100% のときに、ほぼ画面いっぱいにうつります。
 ご自身のディスプレイにあわせて、縮小ないし拡大表示をしてください。(ディスプレイを縦表示にするには、Windows であれば:「コントロールパネル→ディスプレイ→ディスプレイの設定の変更→向き→縦)

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 だれでも知っているクラッシック音楽が、タタタ・ターンの「運命」なら、近代彫刻ではこの「考える人」でしょう。

 このような人気作は、大・中・小とさまざまなサイズが作られ、それぞれの良さがあります。
 この作品は、私が見たもののうちで、もっとも小さい「考える人」ですが、ロダン(1840 - 1917)の意図や美意識が凝縮されています。

 正面から見ると、右手のひじが左足のももの上にきて、体をひねっており、すこし不安定な――というより、ダイナミックな姿勢です(ロダンの作品は、物的なバランスはつねにとれているのでした)。そのため、案外複雑な構図となっています。

 ふつうは、右手は右足の上に置いて考えると思うのですが、力が入っているというのか、一心不乱という感じです。ロダンは、やはりドラマチックなんですね。


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 もともと「考える人」は、ダンテの『神曲』から想をえたといわれる「地獄門」――歓喜から阿鼻叫喚にいたる人間の百態が、彫刻されています――の上部に、位置するものでした。
 ロダンの生前中は、「考える人」ではなく、「詩人」と呼ばれていたようです。しかし、どう見ても詩人のイメージではなく、瞑想と言った静的なものでもありません。

 では何を考えこんでいるのかといえば、彼の足もとの人間模様が表すような、なまなましい人生の問題でしょう。
 これは同時に、作者ロダンの決意と自負を示しています。人生や世界を、哲学者のように抽象的ではなく、また聖職者のように清浄なエーテルのうちにでもなく、ありのままに表現するということです。

(足もとの赤い円マークが気になる人は、このページの一番上の説明を、熟読玩味してくださいね)


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 かつてパスカルは、人間の偉大さを考えることのうちに見ましたが、その人間そのものは葦(アシ)にもたとえられる非常に弱い存在でした。
(そのように捉えることに安んじていられたのは、信仰があったからでしょうが)。
 しかし、「考える人」は、たくましい体格をしています。ロダンの豪壮な精神の表れだと思います。

 ロダンの作品からは、いわば強い衝撃波のようなものを、つねに感じます。悪く言うと、観る方としては心が休まらないのですね。








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 このようなブロンズ像は、元の粘土像から、蜜蝋(みつろう)法によって 3 体しか制作されないとされます。

 しかしそれにしても、ウィキペディアに掲載の日本にある「考える人」だけでも、5つあります(本作品は含まれていません)。
 オリジナルなブロンズ像であっても、もとの粘土像が、1 つなのかどうか、すこし気にかかります。
 つまり、優秀な弟子たちにコピーをいくつか作らせて、仕上げはロダン自身がするといった、方式になっていなかったのかどうか・・・








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 この像を見るときの、代表的な視角は、これでしょう。

 この作品は、ロダンの 40 才ころのもので、彼の出世作といえます。
 しかし、ここにいたるまでが大変で、美術学校の入学試験には 3 度落ち(バカデミズムとはそうしたものです)、姉の死を悲しんで修道院に入るも、院長の勧めによって還俗(おそらく、適性に欠けていたのでしょう)、そしてサロンに出品する作品は次々と落選・・

 なるほど共感するところの多い経歴ですが(笑)、こうして青年期から壮年にかけて、天才の鬱屈(うっくつ)したエネルギーが、蓄積されていったのでした。




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